投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2008年 6月16日(月)23時03分19秒
今日は中根千絵氏の「法勝寺蔵書と三昧僧─法勝寺伝承文化圏の再現を目指して─」(愛知県立大学国文学会『説林』2003.3)を読んでみました。
中根氏の問題意識は「はじめに」に、次のように書かれています。
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(前略)法勝寺は、法会を行う時に人々が集う劇場空間としての評価が主流で、法会が行われない時の法勝寺の日常的な様態については、ほとんど重視されてこなかったといってよい。論者は、それに対して、以前に文学の側から往生伝の伝承文化圏の一つとして法勝寺は重要な場であることを指摘した。本稿は、そうした伝承について具体的に法勝寺と他の寺院との伝承ルートを探ることを目的とする。法勝寺の蔵書目録は現存しないものの、各寺院に伝わる書物に法勝寺から借りて書写したことを示す奥書きがあることから、その一部を再現することができる。本の貸し借りのルートは、伝承のルートとも重なる故に、文学の側からも重要な問題である。また、各寺院に伝わる書物の奥書きには、時として重要な情報が含まれている。以下、具体的に借りたことを示す奥書き、或いは法勝寺に触れた奥書きの記録について言及し、平安末期の法勝寺の伝承ルートの一端を明らかにしたい。
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そして、結論の「五 平安末の法勝寺伝承文化圏」は次の通りです。
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目録の奥書きの分析から明らかになったのは、平安時代末に法勝寺と本の書写を通じてネットワークを持っていた寺として、醍醐寺、青蓮院、清水寺が挙げられるということである。
平安時代末にネットワークをもっていた寺の特徴として興味深いのは、醍醐寺が真言系の寺院であり、青蓮院が往生譚の伝承に関わりの深い天台系の寺院であるということ、清水寺が興福寺の末寺であったということである。青蓮院については、昨年、拙稿で論じた如く、法勝寺が往生譚を生成する場であり、それが天台浄土系の往生伝に採られているが、そのことを合わせ鑑みるに、青蓮院が法勝寺の伝承を天台系のルートに流す役割を果たしていたことも考えられる。一方、清水寺は興福寺の末寺であり、法勝寺の伝承は、清水寺を通じて南都系の寺にも流れる可能性があったわけである。
法勝寺は、特定の宗派をもたない寺として知られるが、本のネットワークからも特定の宗派に偏らない編纂の有様が見て取れる。このことは、特定の宗派に偏らない編纂の有様を見せる『今昔物語集』の成立を考える上で重要である。特定の宗派を超えて存在する伝承のネットワークがないことには、『今昔物語集』のような形の説話集は成立しえない。平安時代末には、そのような宗派を超えたネットワークが存在した。その連結点の一つが法勝寺であったのである。
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特定の宗派に属さないからこそ果たせる機能がある、という指摘は面白いですね。
ちなみに中根氏が文中で「拙稿」と言われているのは「往生の証と法勝寺─覚厳・覚晴を中心に─」(『説林』50号、2002.3)という論文で、これも早速読んでみるつもりです。
>筆綾丸さん
円宗寺は他の「円」の字を冠する寺とは異質という指摘は上島氏もされてますね。
というか、これは明白な事実ですからね。
>丸墓山
真冬に、空っ風の吹きさらしの中を登ったことがあります。
※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
「のぼうの城」
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/4570