四月初めの中間整理
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月17日(土)11時28分16秒 元弘三年(1333)十二月、後伏見院皇女珣子内親王が中宮となり、立后の屏風に歌人が詠を進めるという雅な行事が行われましたが、これが尊氏の「都の歌壇へのデビュー」です。このデビュー作が掲…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月17日(土)10時43分9秒 ここまで準備して、やっと歌人としての足利尊氏の検討に入りました。一般的に入手可能な文献の中で、私にとってもっとも参考になったのは石川泰水氏(故人、元群馬県立女子大学教授)の「歌人足利…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月17日(土)09時51分34秒 「平守時朝臣女」は実際には赤橋久時娘・守時養女であり、赤橋登子とは姉妹の関係にあるのではなかろうかという関心から、「鎮西探題歌壇」に戻って、『臨永集』に掲載された「平英時」(赤橋英…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月15日(木)09時54分49秒 尊氏周辺の女性シリーズ、釈迦堂殿とその母・無着、赤橋登子に続いて、登子の姉妹の赤橋種子を見て行きました。といっても種子の事績は全然分からないのですが、その夫の正親町公蔭という人物は…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月15日(木)08時35分46秒 鎌倉を脱出した後、千寿王(義詮)は新田義貞の軍勢に合流しています。千寿王配下の人数は僅少で軍事的には殆ど意味がなかったでしょうが、尊氏の指揮で義貞が動いていたことを示す象徴的な効果…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月14日(水)09時31分9秒 清水克行氏の描く尊氏は「病める貴公子」、即ち精神的に複雑に屈折した血統エリートですが、私は尊氏を恵まれた環境でのびのびと育った教育エリートと考えています。この点を説得的に論証したいと…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月13日(火)21時42分12秒 歌人としての尊氏を検討し始めて「鎮西探題歌壇」まで進みましたが、ここで清水克行氏が『足利尊氏と関東』(吉川弘文館、2013)で言及されていた『臥雲日件録抜尤〔がうんにっけんろくばつゆう …
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月13日(火)12時14分41秒 森茂暁氏の『足利尊氏』(角川選書、2017)は、尊氏関係の古文書の分析では最新研究でしょうが、そこに描き出されているのが宣伝文句に言う「これまでになく新しいトータルな尊氏像」かというと…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月13日(火)10時46分13秒 従来、護良親王は後醍醐により征夷大将軍を「解任」、すなわち一方的にその地位を剥奪されたと考えられてきましたが、「解任」を裏付ける史料はなく、護良が元弘三年(1333)八月末ころに「将軍…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月12日(月)11時06分33秒 既に「四月初め」ではなくなってしまいましたが、今さらタイトルを変更するのも面倒なので、このまま数回続けるつもりです。歴史学と国文学を跨いであちこち手を広げて来たので、自分の頭を整理…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月11日(日)13時57分12秒 尊氏が鴆毒で直義を毒殺したという『太平記』のエピソード、田中義成・高柳光寿・佐藤進一・佐藤和彦・伊藤喜良・村井章介等の錚々たる歴史学者が信じ込んでいるのですが、中でも興味深いのは永…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月10日(土)09時29分20秒 従来、存在そのものが「通説」であった佐藤進一氏は、征夷大将軍が「諸国の武士の帰服をもとめるうえにもっとも有力な無形の権威」であって、尊氏が鎮守府将軍の「称号を与えられたのは、やはり…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月 8日(木)09時01分48秒 2002年の吉原論文の「はじめに」に置かれた「従来の研究では、建武政権の軍事・警察機構についてほとんど手付かずの状態であった。その中で、足利尊氏が鎮西軍事指揮権を公式に有していたとの網…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月 7日(水)10時09分41秒 征夷大将軍については2004年に国文学者の櫻井陽子氏が「頼朝の征夷大将軍任官をめぐって―『山槐荒涼抜書要』の翻刻と紹介―」(『明月記研究』9号)という論文を発表し、中世史研究者に衝撃を与え…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月 5日(月)10時24分28秒 『大日本史料 第六編之二』は成良親王が征夷大将軍に任じられた時期について建武二年八月一日と断定していますが、少し調べてみたところ、『相顕抄』に基づくこの記述は信頼性に乏しいことが明ら…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月 4日(日)13時54分34秒 兵藤裕己氏は『難太平記』を極めて重視されていて、『難太平記』の記述から演繹的に『太平記』の成立過程等を論じられるのですが、私はその基本姿勢に疑問を感じています。清水克行氏も兵藤説の…
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 4月 2日(金)09時03分52秒 去年の九月から鎌倉幕府滅亡の原因を論じ始めて、最初は呉座勇一氏の『戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―』(新潮社、2014)を素材に少し検討していたのですが、自分の本来の関心…