学問空間 suzukikotaro’s diary

gooブログから引っ越してきました。

2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その22)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月28日(火)11時38分36秒 前回投稿では『実躬卿記』永仁二年(1294)三月二十七日条を引用しましたが、翌日の二十八日条には、-------廿八日、 卯、去夜任人粗伝聞、参議藤頼藤、弁官次第転任、但権右中弁藤信経・両少弁…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その21)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月27日(月)12時46分7秒 二条為道は京極為兼(1254-1332)のライバルである二条為世(1250-1338)の長男で、少なくとも歌人としては極めて優秀、将来を嘱望されていた人ですね。 二条為道(1271-99)https://ja.wikipedia…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その20)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月27日(月)10時37分26秒 暫く善空事件を扱って来ましたが、『京都の中世史3 公家政権の競合と協調』(吉川弘文館)で坂口太郎氏の新知見があれば続行することとし、いったん小川論文に戻ります。さて、(その17)で引用…

善空事件に関する筧雅博説への若干の疑問(その6)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月25日(土)14時59分25秒 『実躬卿記』は国文学研究資料館サイトで見ることができて、リンク先のコマ番号に「113」と入れると正応四年(1291)五月二十九日条が出てきます。 http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_…

善空事件に関する筧雅博説への若干の疑問(その5)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月24日(金)12時21分39秒 前回投稿で引用した部分の後、筧氏は浅原事件の概要を説明し、更に私にはあまり納得できない「三条実盛の女」に関する独特の見解を披露されてから、次のように述べます。(p255)-------伏見天皇…

善空事件に関する筧雅博説への若干の疑問(その4)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月23日(木)11時03分4秒 「上皇は、ある律僧を身辺に近づけ、人々の訴訟や官位昇進の請願を取り次がせた、といわれる」(p215)と、何故か「ある律僧」の名前を出さなかった筧氏は、「第六章 両統迭立の日々」に入ると「…

善空事件に関する筧雅博説への若干の疑問(その3)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月22日(水)13時14分0秒 筧氏が「正応六年(一二九三)四月二十一日の早朝、経師ヶ谷の頼綱屋形に得宗の意をうけた討手が馳せむかい、合戦のすえ、頼綱、飯沼助宗父子は、屋形に火を懸け、自害した」と書かれているように…

善空事件に関する筧雅博説への若干の疑問(その2)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月22日(水)10時10分39秒 前回投稿で引用した部分で、筧氏は「この間、洛中における得宗家の拠点、五条の安東平右衛門入道の屋形は、六波羅の分庁のような存在となり、蓮聖やその子息は、探題兼時腹心の被官(家人)とし…

善空事件に関する筧雅博説への若干の疑問(その1)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月21日(火)13時29分44秒 細川重男氏は『鎌倉北条氏の神話と歴史─権威と権力─』(日本史史料研究会、2007)の「第五章 飯沼大夫判官資旨─「平頼綱政権」の再検討」の「はじめに」において、------- 頼綱の政敵安達泰盛に…

掲示板の今後について

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月20日(月)20時41分17秒 teacup掲示板が8月1日で終了しますが、「したらば掲示板」からteacup利用者に対して引越しの誘いがあり、従来の全ての投稿を移転できるとの触れ込みだったので、私も先方の指示に従って引越しの…

善空事件に関する森幸夫説への若干の疑問(その2)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月20日(月)13時49分37秒 従来、善空事件についてある程度まとまった見解を提示されたのは森幸夫氏と筧雅博氏(『日本の歴史10 蒙古襲来と徳政令』、講談社、2001)だけですが、筧氏も善空事件と浅原事件は別個独立に論じ…

善空事件に関する森幸夫説への若干の疑問(その1)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月20日(月)10時59分28秒 歴史研究者なら誰でも見ている『公卿補任』を素材に、善空事件に関与したとされる六条康能・資緒王・源資顕の経歴を調べてみましたが、まあ、率直に言って公家社会においては余りたいしたことの…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その19)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月19日(日)12時50分50秒 前回投稿で謎の律僧・善空上人とともに「暗躍」したらしい六条康能の経歴を見ましたが、寛元元年(1243)に叙爵して文永七年(1270)に正四位下、文永十年(1273)に近衛中将を辞した後は無官だ…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その18)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月18日(土)14時42分53秒 小川剛生氏が「暗躍」という冒険活劇風の表現を用いている六条康能と資緒王の二人のうち、まず六条康能の経歴を『公卿補任』で追ってみると、この人は「故従二位資能卿男」で、藤原南家、信西入…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その17)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月17日(金)15時40分39秒 続きです。(p43)------- 以上のことから、為兼が指弾される背景がようやく明瞭になってくるであろう。幕府による排除としては既に九条家の先蹤があるが、『兼仲卿記』正応元年十月四日条には、…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その16)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月16日(木)11時20分1秒 小川論文で非常に気になるのは、まるで幕府が客観的・中立的立場から朝廷に正しい「政道」を期待したにもかかわらず、持明院統は人材不足・能力不足から幕府の期待に応えられなかった、という書き…

小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その15)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月15日(水)12時19分47秒 5月29日に、 小川剛生氏「京極為兼と公家政権」(その14)https://suzukikotaro.hatenablog.com/entry/58fe1a0e555b518966af5e016849f79b を投稿して以降、「白毫寺妙智房」を検討してきましたが…

「白毫寺妙智房」の追跡はいったん休みます。

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月13日(月)09時22分38秒 三日投稿を休んでしまいましたが、この間、律宗関係で「妙智房」が出て来ないかを探っていました。暫定的な成果として、和島芳男氏の「西大寺と東山太子堂および祇園社の関係」(『日本歴史』278…

苅米一志氏「東山太子堂の開山は忍性か」(その2)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 9日(木)10時38分27秒 就実大学教授・苅米一志(かりこめ・ひとし)氏は1968年生まれとのことなので、「東山太子堂の開山は忍性か」を書かれたのは二十三歳くらいの時であり、ちょっと吃驚ですね。 http://www.yoshika…

苅米一志氏「東山太子堂の開山は忍性か」(その1)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 8日(水)14時11分57秒 叡尊は建仁元年(1201)生まれなので、その事蹟を年表にすると、西暦の下二桁がそのまま年齢になって便利な人ですね。 叡尊(1201-90)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A1%E5%B0%8A 『感身…

『感身学正記』に登場する「右馬権頭為衡入道観證」について(その2)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 6日(月)19時58分15秒 前回引用した『感身学正記』の弘安二年(1279)の記事、伊勢神宮に一切経を奉納する件に関して「右馬権頭為衡入道観證」が「叡尊と西園寺実兼の間を取り持っている」話の中に別の話題も入ってい…

『感身学正記』に登場する「右馬権頭為衡入道観證」について(その1)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 4日(土)13時06分7秒 前回投稿で白毫寺(白毫院、東山太子堂、速成就院)は「称名寺の京都出張所程度の存在」など書きましたが、福島金治氏によれば「京都東山太子堂・伊勢大日寺は称名寺の西大寺への伝達及び用途支出…

林幹弥氏「金沢貞顕と東山太子堂」(その3)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 3日(金)10時31分11秒 四つの文書について全く説明しないのも不親切なので、林論文から少しだけ引用しておきます。まず(1)の「金沢貞顕書状」には年次を探る手がかりがありませんが、「太子堂から贈られた二合の櫃を…

林幹弥氏「金沢貞顕と東山太子堂」(その2)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 2日(木)14時05分14秒 続きです。(p3)------- 太子堂の歴代のすべてを知ることはできない。しかし、元亨四年ごろの長老静観房信昭は、「太子堂阿仁上人弟子」(『尊卑分脈』藤原氏、二条流)で、二条教良の息であり…

林幹弥氏「金沢貞顕と東山太子堂」(その1)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 6月 1日(水)11時25分5秒 林幹弥氏の『太子信仰の研究』(吉川弘文館、1980)は入手できていませんが、林氏には「金沢貞顕と東山太子堂」(『金沢文庫研究』156号、1969)という論文があり、『太子信仰の研究』所収の「律…